悲しき玩具

石川啄木





悲 し き 玩 具

(一握の砂以後)



石川啄木


ー(四十三年十一月末より)ー






   内容

一握の砂以後百九十四首(歌)

一利己主義者と友人との対話(感想)

歌のいろいろ(感想)







悲しき玩具


            ー 一握の砂以後 ー







1

呼吸いきすれば、
むねうちにて鳴るおとあり。
 こがらしよりもさびしきそのおと



2

眼閉めとづれど、
こころにうかぶなにもなし。
 さびしくも、また、をあけるかな。



3

途中とちうにてふとかはり、
つとめさきやすみて、今日けふも、
河岸かしをさまよへり。



4

咽喉のどがかわき、
まだきてゐる果物屋くだものやさがしにきぬ。
あきふけに。



5

あそびに子供こどもかへらず、
して
はしらせて玩具おもちや機関車きかんしや



6

ほんひたし、ほんひたしと、
あてつけのつもりではなけれど、
つまひてみる。



7

たびおもをつとこころ
しかり、く、妻子つまここころ
あさ食卓しよくたく



8

いへ五町ちやうばかりは、
ようのあるひとのごとくに
あるいてみたれど



9

いたをおさへつつ、
赤赤あかあかと、
ふゆもやなかにのぼるをたり。



10

いつまでもあるいてゐねばならぬごとき
おもぬ、
深夜しんや町町まちまち



11

なつかしきふゆあさかな。
をのめば、
湯気ゆげがやはらかに、かほにかかれり。



12

なんとなく、
今朝けさすこしく、わが心明こころあかるきごとし。
つめる。



13

うつとりと
ほん挿絵さしゑながめ入り、
煙草たばこけむりきかけてみる。



14

途中とちうにて乗換のりかへ電車でんしやなくなりしに、
かうかとおもひき。
あめりてゐき。



15

二晩ふたばんおきに、
の一時頃じごろ切通きりどほしさかのぼりしもー
つとめなればかな。



16

しつとりと
さけのかをりにひたりたる
なうおもみをかんじてかへる。



17

今日けふもまたさけのめるかな!
さけのめば
むねのむかつくくせりつつ。



18

何事なにごと今我いまわれつぶやけり。
かくおもひ、
をうちつぶり、ひをあぢはふ。



19

すつきりとひのさめたる心地ここちよさよ!
夜中よなかきて、
すみるかな。



20

真夜中まよなか出窓でまどでて、
欄干らんかんしも
手先てさきやしけるかな。



21

どうなりと勝手かつてになれといふごとき
わがこのごろを
ひとりおそるる。



22

あしもはなればなれにあるごとき
ものうき寝覚ねざめ
かなしき寝覚ねざめ



23

あさあさ
でてかなしむ、
したにしてほうもものかろきしびれを。



24

曠野あらのゆく汽車きしやのごとくに、
このなやみ、
ときどきわれこころとほる。



25

みすぼらしき郷里くに新聞しんぶんひろげつつ、
誤植ごしよくひろへり。
今朝けさのかなしみ。



26

たれわれ
おも存分ぞんぶんしかりつくるひとあれとおもふ。
なんこころぞ。



27

なにがなく
初恋人はつこひびとのおくつきにまうづるごとし。
郊外こうぐわいぬ。



28

なつかしき
故郷こきやうにかへるおもひあり、
ひさりにて汽車きしやりしに。



29

あたらしき明日あすきたるをしんずといふ
自分じぶん言葉ことば
うそはなけれどー



30

かんがへれば、
ほんとにしとおもふことるやうでし。
煙管きせるをみがく。



31

今日けふひよいとやまこひしくて
やまぬ。
去年腰掛きよねんこしかけしいしをさがすかな。



32

朝寝あさねして新聞しんぶんなかりしを
負債ふさいのごとく
今日けふかんずる。



33

よごれたるをみるー
ちやうど
このごろ自分じぶんこころむかふがごとし。



34

よごれたるあらひしとき
かすかなる満足まんぞく
今日けふ満足まんぞくなりき。



35

年明としあけてゆるめるこころ
うつとりと
かたをすべてわすれしごとし。



36

昨日きのふまであさからばんまでりつめし
あのこころもち
わすれじとおもへど。



37

には羽子突はねつおとす。
わらこゑす。
去年きよねん正月しやうぐわつにかへれるごとし。



38

なんとなく、
今年ことしはよいことあるごとし。
元日ぐわんじつあされて風無かぜなし。



39

はらそこより欠伸あくびもよほし
ながながと欠伸あくびしてみぬ、
今年ことし元日ぐわんじつ



40

いつのとしも、
たよなうたを二つ三つ
年賀ねんがふみいてよこすとも



41

正月しやうぐわつ四日になりて
あのひと
ねんに一葉書はがきにけり。



42

におこなひがたきことのみかんがへる
われのあたまよ!
今年ことしもしかるか。



43

ひとがみな
おな方角はうがくいてく。
それをよこよりてゐるこころ



44

いつまでか、
この見飽みあきたる懸額かけがく
このままけておくことやらむ。



45

ぢりぢりと、
蝋燭らうそくえつくるごとく、
よるとなりたる大晦日おほみそかかな。



46

青塗あをぬり瀬戸せと火鉢ひばちによりかかり、
眼閉めとぢ、け、
ときをしめり。



47

なんとなく明日あすはよきことあるごとく
おもこころ
しかりてねむる。



48

ぎゆける一ねんのつかれしものか、
元日ぐわんじつといふに
うとうとねむし。



49

それとなく
そのるところかなしまる、
元日ぐわんじつ午後ごごねむたきこころ



50

ぢつとして、
蜜柑みかんのつゆにまりたるつめつむる
こゝろもとなさ!



51

ちて
眠気ねむけ返事へんじきくまでの
そのもどかしさにたるもどかしさ!



52

やみがたきようわすぬー
途中とちうにてくちれたる
ゼムのためなりし。



53

すつぽりと蒲団ふとんをかぶり、
あしをちゞめ、
したしてみぬ、たれにともなしに。



54

いつしかに正月しやうぐわつぎて、
わが生活くらし
またもとのみちにはまりきたれり。



55

神様かみさま議論ぎろんしてきしー
あのゆめよ!
ばかりもまへあさなりし。



56

いへにかへる時間じかんとなるを、
ただ一つのつことにして、
今日けふはたらけり。



57

いろいろのひとおもはく
はかりかねて、
今日けふもおとなしくらしたるかな。



58

おれがしこの新聞しんぶん主筆しゆひつならば、
やらむーとおもひし
いろいろのこと



59

石狩いしかり空知郡そらちごほり
牧場ぼくぢやうのおよめさんよりおく
バタかな。



60

外套ぐわいとうえりあごうづめ、
ふけにたちどまりてく。
よくこゑかな。



61

Yといふ符牒ふてふ
古日記ふるにつき処処しよしよにありー
Yとはあのひとことなりしかな。



62

百姓ひやくせうおほくはさけをやめしといふ。
もつとこまらば、
なにをやめるらむ。



63

さましてぐのこころよ!
としよりの家出いへで記事きじにも
涙出なみだいでたり。



64

ひととともにことをはかるに
てきせざる、
わが性格せいかくわも寝覚ねぎめかな。



65

なにとなく、
案外あんぐわいおほもせらる、
自分じぶんおなじことおもひと



66

自分じぶんよりも年若としわかひとに、
半日はんにち気焔きえんきて、
つかれしこころ



67

めづらしく、今日けふは、
議会ぎくわいののしりつつ涙出なみだいでたり、
うれしとおもふ。



68

ひとばんかせてみむと、
うめはちあぶりしが、
かざりしかな。



69

あやまちて茶碗ちやわんをこはし、
ものをこはす気持きもちのよさを、
今朝けさおもへる。



70

ねこみゝつぱりてみて、
にやとけば、
びつくりしてよろこ子供こどもかほかな。



71

何故なぜかうかとなさけなくなり、
よわこころ何度なんどしかり、
かねかりにく。



72

てどてど、
はづひとなりき、
つくへ位置ゐち此処ここへしは。



73

古新聞ふるしんぶん
おやここにおれのうたことめていてあり、
二三ぎやうなれど。



74

引越ひつこしのあさあしもとにちてゐぬ、
をんな写真しやしん
わすれゐし写真しやしん



75

そのころもつかざりし
仮名かなちがひのおほきことかな、
むかし恋文こひぶみ



76

八年前はちねんぜん
いまのわがつま手紙てがみたば
何処どこしまひしかとにかかるかな。



77

ねむられぬくせのかなしさよ!
すこしでも
眠気ねむけがさせば、うろたへてる。



78

わらふにもわらはれざりきー
ながいことさがしたナイフの
うちにありしに。



79

この四五ねん
そらあふぐといふことが一もなかりき。
かうもなるものか?



80

原稿紙げんかうしにでなくては
かぬものと、
かたくしんずるのあどけなさ!



81

どうかかうか、今月こんげつ無事ぶじらしたりと、
ほかよくもなき
晦日みそかばんかな。



82

あのころはよくうそひき。
平気へいきにてよくうそひき。
あせづるかな。



83

古手紙ふるてがみよ!
あのをとことも、五年前ねんまへは、
かほどしたしくまじはりしかな。



84

なんひけむ。
せい鈴木すずきなりき。
いまはどうして何処どこにゐるらむ。



85

うまれたといふ葉書はがきみて、
ひとしきり、
かほをはれやかにしてゐたるかな。



86

そうれみろ、
あのひとをこしらへたと、
なに心地ここちにてる。



87

『石川いしかははふびんなやつだ。』
ときにかう自分じぶんひて、
かなしみてみる。



88

ドアしてひと足出あしでれば、
病人びやうにんにはてもなき
長廊下ながらうかかな。



89

おもおろしたやうな、
気持きもちなりき、
この寝台ねだいうへていねしとき。



90

そんならば生命いのちしくないのかと、
医者いしやはれて、
だまりしこころ



91

真夜中まよなかにふとがさめて、
わけもなくきたくなりて、
蒲団ふとんをかぶれる。



92

はなしかけて返事へんじのなきに
よくれば、
いてゐたりき、となりの患者くわんじや



93

病室びやうしつまどにもたれて、
ひさしぶりに巡査じゅんさたりと、
よろこべるかな。



94

れしのかなしみの一つ!
病室びやうしつまどにもたれて
煙草たばこあぢはふ。



95

よるおそく何処どこやらのへやさはがしきは
ひとにたらむと、
いきをひそむる。



96

みやくをとる看護婦かんごふの、
あたたかきあり、
つめたくかたもあり。



97

病院びやうゐんりてはじめてのよるといふに、
すぐ寝入ねいりしが、
物足ものたらぬかな。



98

なにとなく自分じぶんをえらいひとのやうに
おもひてゐたりき。
子供こどもなりしかな。



99

ふくれたるはらでつつ、
病院びやうゐん寝台ねだいに、ひとり、
かなしみてあり。



100

さませば、からだいたくて
うごかれず。
きたくなりて、夜明よあくるをつ。



101

びつしよりと盗汗出ねあせでてゐる
あけがたの
まだめやらぬおもきかなしみ。



102

ぼんやりとしたかなしみが、
となれば、
寝台ねだいうへにそつとる。



103

病院びやうゐんまどによりつつ、
いろいろのひと
元気げんきあるくをながむ。



104

もうおまへ心底しんていをよく見届みとどけたと、
ゆめ母来ははき
いてゆきしかな。



105

おもふことぬすみきかるるごとくにて、
つとむねきぬー
聴診器ちやうしんきより。



106

看護婦かんごふ徹夜てつやするまで、
わがやまひ、
わるくなれとも、ひそかにねがへる。



107

病院びやうゐんて、
つまをいつくしむ
まことのわれにかへりけるかな。



108

もううそをいはじとおもひきー
それは今朝けさ
いままた一つうそをいへるかな。



109

なんとなく、
自分じぶんうそのかたまりのごとおもひて、
をばつぶれる。



110

いままでのことを
みなうそにしてみれど、
こころすこしもなぐさまざりき。



111

軍人ぐんじんになるとして、
父母ちちはは
苦労くらうさせたるむかしわれかな。



112


うつとりとなりて、
けんをさげ、うまにのれるおの姿すがた
むねゑがける。



113

藤沢ふぢさはといふ代議士だいぎし
おとうとのごとくおもひて、
いてやりしかな。



114

なにか一つ
おほいなる悪事あくじしておいて、
らぬかほしてゐたき気持きもちかな。



115

ぢつとしてていらつしやいと
 子供こどもにでもいふがごとくに
 医者いしやのいふかな。



116

氷嚢へうのうしたより
まなこひからせて、
 られぬよるひとをにくめる。



117

はるゆきみだれてるを
 ねつのある
 かなしくも眺めりたる。



118

人間にんげんのその最大さいだいのかなしみが
 これかと
ふつとをばつぶれる。



119

回診くわいしん医者いしやおそさよ!
いたみあるむねをおきて
 かたくをとづ。



120

医者いしや顔色かほいろをぢつとほか
なにざりきー
 むねいたつの



121

 みてあればこころよはるらむ!
さまざまの
きたきことがむねにあつまる。



122

つつほんおもさに
 つかれたる
やすめては、ものおもへり。



123

今日けふはなぜか、
 二も、三も、
 金側きんがわ時計とけいひとしとおもへり。



124

いつか是非ぜひさんとおもほんのこと、
表紙へうしのことなど、
 つまかたれる。



125

むねいたみ、
はるみぞれなり。
 くすりせて、してをとづ。



126

あたらしきサラドのいろ
 うれしさに
はしとりあげてつれどもー



127

しかる、あはれ、このこころよ。
 ねつたかくせとのみ
 つまよ、おもふな。



128

運命うんめいれるかと
 うたがひぬー
蒲団ふとんおも夜半よは寝覚ねざめに。



129

たへがたきかわおぼゆれど、
 をのべて
 林檎りんごとるだにものうきかな。



130

氷嚢へうのうのとけてぬくめば、
おのづからがさめきたり、
 からだいためる。



131

いま、ゆめ閑古鳥かんこどりけり。
 閑古鳥かんこどりわすれざりしが
 かなしくあるかな。



132

ふるさとをでて五年いつとせ
 やまひをえて、
かの閑古鳥かんこどりゆめにきけるかな。



133

閑古鳥かんこどり
 渋民村しぶたみむら山荘さんさうをめぐるはやし
 あかつきなつかし。



134

ふるさとのてらほとり
 ひばの
いただきにきし閑古鳥かんこどり



135

みやくをとるのふるひこそ
かなしけれー
 医者いしやしかられしわか看護婦かんごふ



136

いつとなく記臆きおくのこりぬー
 Fといふ看護婦かんごふ
 つめたさなども。



137

はづれまで一度いちどゆきたしと
 おもひゐし
かの病院びやうゐん長廊下ながらうかかな。



138

きてみて、
またたくなるとき
 ちからなきでしチユリツプ!



139

かたにぎるだけのちからくなりし
やせし
 いとほしさかな。



140

わがやまひ
 そのるところふかとほきをおもふ。
 をとぢておもふ。



141

かなしくも、
 やまひいゆるをねがはざるこころわれり。
なんこころぞ。



142

あたらしきからだをしとおもひけり、
 手術しゆじゆつきづ
 あとでつつ。



143

くすりのむことをわするるを、
 それとなく、
たのしみにおも長病ながやまひかな。



144

ポロオヂンといふ露西亜名ろしあなが、
 何故なぜともなく、
幾度いくどおもさるるなり。



145

 いつとなくわれにあゆみり、
 にぎり、
 またいつとなくりゆく人人ひとびと



146

ともつまもかなしとおもふらしー
 みてもなほ
 革命かくめいのことくちたねば。



147

ややとほきものにおもひし
テロリストのかなしきこころ
 ちかづくのあり。



148

かかる
 すでに幾度会いくたびあへることぞ!
るがままにれといまおもふなり。



149

つきに三十ゑんもあれば、田舎ゐなかにては、
らくくらせるとー
 ひよつとおもへる。



150


今日けふもまたむねいたみあり。
 ぬならば、
 ふるさとにきてなむとおもふ。



151

いつしかになつとなれりけり。
 やみあがりのにこころよき
 あめあかるさ!



152

みて四ぐわつ
 そのときどきにかはりたる
 くすりのあぢもなつかしきかな。



153

みて四ぐわつ
 そのにも、なほえて、
 わが背丈せたけのびしかなしみ。



154

すこやかに、
背丈せたけのびゆくつつ、
 われの日毎ひごとにさびしきほぞ。



155

まくらすはらせて、
まじまじとそのかほれば、
 げてゆきしかな。



156

いつも
 うるさきものにおもひゐしあひだに、
その、五さいになれり。



157

そのおやにも、
 おやおやにもるなかれー
かくちちおもへるぞ、よ。



158

かなしきは、
 (われもしかりき)
 しかれども、てどもかぬこころなる。



159

労働者らうどうしや」「革命かくめい」などといふ言葉ことば
 きおぼえたる
 五さいかな。



160

ときとして、
 あらんかぎりのこゑし、
唱歌しやうかをうたふをほめてみる。



161

 なにおもひけむー
玩具おもちやをすてておとなしく、
わがそばすわりたる。



162

菓子くわしもらときわすれて、
 二かいより、
 まち往来ゆききながむるかな。



163

あたらしきイソクのにほひ、
むもかなしや。
 いつかにはあをめり。



164

ひとところ、たたみつめてありし
 そのおもひを、
つまよ、かたれといふか。



165

あのとしのゆくはるのころ、
をやみてかけし黒眼鏡くろめがね
 こはしやしにけむ。



166

くすりのむことをわすれて、
 ひさしぶりに、
ははしかられしをうれしとおもへる。



167

枕辺まくらべ障子しやうじあけさせて、
そらくせもつけるかなー
 ながやまひに。



168

おとなしき家畜かちくのごとき
 こころとなる、
ねつややたかのたよりなさ。



169

なにか、かう、いてみたくなりて、
 ペンをりぬー
花活はないけはなあたらしきあさ



170

はなたれしをんなのごとく、
わがつま振舞ふるまなり。
 ダリヤを見入みいる。



171

あてもなきかねなどをおもひかな。
 きつして、
 今日けふくらしたり。



172

なにもかもいやになりゆく
この気持きもちよ。
 おもしては煙草たはこふなり。



173

まちにゐしころこととして、
 ともかた
こひがたりにうそまじるかなしさ。



174

ひさしぶりに、
 ふとこゑしてわらひてみぬー
はひ両手りやうてむが可笑をかしさに。



175

むねいたむのかなしみも、
 かをりよき煙草たばこごとく、
 てがたきかな。



176

なにか一つさわぎをおこしてみたかりし、
 先刻さつきわれ
 いとしとおもへる。



177

さいになるに、何故なぜともなく、
ソニヤといふ露西亜ろしあをつけて、
 びてはよろこぶ。



178

けがたき
不和ふわのあひだにしよして、
 ひとりかなしく今日けふいかれり。



179

ねこはば、
そのねこがまたあらそひのたねとなるらむ、
 かなしきわがいへ



180

おれひとり下宿屋げしゆくやにやりてくれぬかと、
 今日けふもあやふく、
 いひでしかな。



181

ある、ふと、やまひをわすれ、
うし真似まねをしてみぬ、ー
 妻子つまこ留守るすに。



182

かなしきはもち
 今日けふ新聞しんぶんみあきて、
 には小蟻こありあそべり。



183

ただ一人ひとり
をとこのなるわれはかくそだてり。
 父母ふぼもかなしかるらむ。



184

ちやまでちて、
わが平復へいふくいのりたまふ
 はは今日けふまたなにいかれる。



185

今日けふひよつと近所きんじよ子等こらあそびたくなり、
べどきたらず。
 こころむづかし。



186

やまひえず、
なず、
 日毎ひごとにこころのみけはしくなれる七八月ななやつきかな。



187

ひおきし
くすりつきたるあさ
 とものなさけの為替かはせのかなしき。



188

しかれば、
いて、寝入ねいりぬ。
 くちすこしあけし寝顔ねがほにさはりてみるかな。



189

なにがなしに
はいちいさくなれるごとおもひてきぬー
 秋近あきちかあさ



190

秋近あきちかし!
 電燈でんとうたまのぬくもりの
 さはればゆび皮膚ひふしたしき。



191

ひるせし枕辺まくらべ
人形にんげうてかざり、
 ひとりたのしむ。



192

クリストをひとなりといへば、
 いもうとがかなしくも、
 われをあはれむ。



193

縁先えんにまくらさせて、
 ひさしぶりに、
 ゆふべのそらにしたしめるかな。



194

にはのそとをしろいぬゆけり。
 ふりむきて、
 いぬはむとつまにはかれる。





     対 話 と 感 想








      一利己主義者と友人との対話

 B おい、おれは今度こんどまた引越しをしたぜ。
 A さうか。君は来るたんび引越しの披露をして行くね。
 B それはぼくには引越し位のほかに何もわざわざ披露するやうな事件が無いからだ。
 A 葉書はがきでもむよ。
 B しかし今度のは葉書では済まん。
 A どうしたんだ。何日いつかの話の下宿のむすめから縁談えんだんでも申込まれて逃げ出したのか。
 B 莫迦ばかなことを言へ。女のことなんか近頃もうちつともぼくの目にうつらなくなつた。女より食物くひものだね。きな物を食つてさへ居れあ僕には不平はない。
 A 殊勝しゆしやうな事を言ふ。それでは今度の下宿げしゆくはうまい物をはせるのか。
 B 三度三うまい物ばかり食はせる下宿が何処どこにあるもんか。
 A 安下宿やすげしゆくばかりころがり歩いたくせに。
 B 皮肉ひにくるない。今度のは下宿ぢやないんだよ。ぼくはもう下宿生活にはき飽きしちやつた。
 A よく自分に飽きないね。
 B 自分にも飽きたさ。飽きたから今度の新生活を始めたんだ。へやだけ借りていて、めしは三度とも外へ出てふことにしたんだよ。
 A きみのやりさうなこつたね。
 B さうかね。僕はまた君のやりさうなこつたと思つてゐた。
 A 何故なぜ
 B 何故なぜつてさうぢやないか。第一こんな自由じいうな生活はないね。居処ゐどころつて奴は案外あんぐわい人間を束縛そくばくするもんだ。何処かへてゐても、飯時になれあぐ家のことを考へる。あれだけでもぼくみたいな者にや一種の重荷おもにだよ。それよりは何処でもかまはす腹のいた時にび込んで、自分のきな物を食つた方がいぢやないか。(間)なんでもきなものが食へるんだからなあ。初めのうちは腹のへつてるのが楽みで、一日に五回づつつてやつた。出掛でかけて行つて食つて来て、煙草たばこでもんでるとまたぐ食ひたくなるんだ。
 A めしの事をさう言へやねむる場所だつてさうぢやないか。毎晩毎晩同じ夜具をるつてのも余り有難ありがたいことぢやないね。
 B それはさうさ。しかしそれは仕方しかたがない。身体からだ一つならどうでもいが、つくえもあるし本もある。あんな荷物にもつをどつさり持つて、毎日毎日引越ひつこしてあるかなくちやならないとなつたら、それこそ苦痛くつうぢやないか。
 A めしのたんびに外になくちやならないといふのとおなじだ。
 B 飯を食ひに行くには荷物にもつはない。身体だけでむよ。食ひたいなあとおもつた時、ひよいと立つて帽子ばうしかぶつて出掛けるだけだ。財布さいふさへ忘れなけや可い。ひとあしひと足うまい物にちかづいて行くつて気持はじついね。
 A ひと足ひと足あたらしい眠りに近づいて気持きもちはどうだね。ああ眠くなつたとおもつた時、てくてく寝床を探しに出かけるんだ。昨夜ゆうべは隣の室で女のくのを聞きながらねむつたつけが、今夜はなにいて眠るんだらうとおもひながらくんだ。初めての宿屋やどやぢや此方こつちの誰だかをちつともらない。知つた者の一人ひとりもゐない家の、行燈あんどんなにかついたおくまつた室に、やはらかな夜具やぐの中にゆつくり身体をばして安らかな眠りをつてる気持はどうだね。
 B それあいさ。君もなかなかはなせる。
 A いだらう。毎晩まいばん毎晩まいばんさうして新しい寝床ねどこで新しい夢をむすぶんだ(間)本も机もてつちまふさ。なにもいらない。本をんだつてどうもならんぢやないか。
 B ますますはなせる。しかしそれあ話だけだ。はじめのうちはそれでいかも知れないが、しまひには吃度きつとおつくうになる。やつぱり何処かに落付おちついてしまふよ。
 A 飯をひに出かけるのだつてさうだよ。見給みたまへ、二日つと君はまた何処どこかの下宿げしゆくにころがり込むから。
 B ふむ。おれは細君さいくんを持つまでは今のとほりやるよ。吃度やつてせるよ。
 A 細君さいくんを持つまでか。可哀想かあいさうに。(間)しかしうらやましいね君の今のやり方は、実はずつとまへからのおれの理想りさうだよ。もう三年からになる。
 B さうだらう。おれはどうもはじめ思ひたつた時、きみのやりさうなこつたとおもつた。
 A 今でもやりたいとおもつてる。たつた一月でもい。
 B どうだ、おれんところへ来て一しよにやらないか。いぜ。そして飽きたら以前もとに帰るさ。
 A しかしいやだね。
 B 何故なぜ。おれと一しよが厭なら一人ひとりでやつても可いぢやないか。
 A一緒でも一しよでなくても同じことだ。君はいまそれを始めたばかりでおほいに満足してるね。僕もさうにちがひない。やつぱり初めのうちは日に五たびも食事をするかもれない。しかし君はそのうちにきてしまつておつくうになるよ。さうしておれん処へ来て、また引越しの披露ひろうをするよ。そのときおれは、「とうとうきたね。」と君にふね。
 B 何だい。もうその時の挨拶あいさつまで工夫くふうしてるのか。
 A まあさ。「とうとうきたね。」と君に言ふね。それは君に言ふのだからい。おれは其奴そいつを自分にはひたくない。
 B 相不変あひかはらずいやな男だなあ、きみは。
 A いやな男さ。おれもさうおもつてる。
 B 君は何日いつかーあれは去年きよねんかなーおれと一しよに行つて淫売屋いんばいやから逃げ出したときもそんなことをつた。
 A さうだつたかね。
 B 君は吃度きつと早く死ぬ。もうすこし気を広く持たなくちやかんよ。一体たい君はあまりアンビシヤスだからかん。何だつて真の満足まんぞくつてものは世のなかに有りやしない。したがつて何だつて飽きるときが来るにきまつてらあ。飽きたり、不満足ふまんぞくになつたりする時を予想よさうして何にもせずにゐるくらゐなら、生れて来なかつた方がほど可いや。生れた者は吃度きつとぬんだから。
 A わらはせるない。
 B わらつてもゐないぢやないか。
 A 笑しくもない。
 B 笑ふさ。可笑しくなくつたつてちつたあ笑はなくちやかん。はは。(間)しかし何だね。君は自分できつぽい男だと言つてるが、案外あんぐわいさうでもないやうだね。
 A 何故なぜ
 B 相不変あひかはらず歌をつくつてるぢやないか。
 A うたか。
 B めたかと思ふとまたつくる。執念しうねんぶかいところが有るよ。やつぱり君は一しやううたを作るだらうな。
 A どうだか。
 B 歌もいね。こなひだ友人ゆうじんとこへ行つたら、やつぱり歌を作るとか読むとかいふねえさんがゐてね。君の事をはなしてやつたら、「あの歌人かじんはあなたのお友達ともだちなんですか。」つて喫驚びつくりしてゐたよ。おれはそんなに俗人ぞくじんに見えるのかな。
 A 「歌人かじん」はかつたね。
 B くびをすくめることはないぢやないか。おれもじつは最初変だと思つたよ Aは歌人かじんだ! 何んだかへんだものな。しかし歌を作つてる以上いじやうはやつぱり歌人にやちがひないよ。おれもこれから一つ君を歌人扱ひにしてやらうと思つてるんだ。
 A 御馳走ごちさうでもしてくれるのか。
 B 莫迦ばかなことを言へ。一たい歌人にしろ小説家せうせつかにしろ、すべて文学者ぶんがくしやといはれる階級かいきふに属する人間は無責任むせきにんなものだ。何をいても書いたことに責任をはない。待てよ、これは、何日いつきみから聞いた議論ぎろんだつたね。
 A どうだか。
 B どうだかつて、たしかにつたよ。文芸上ぶんげいじやうの作物はうまいにしろまづいにしろ、それがそれだけで完了してると云ふてんに於て、人生の交渉かうせふは歴史上の事柄ことがらと同じく間接だ、とか何んとか。(間)それはまあどうでも可いが、かくおれは今後無責任むせきにんを君の特権としてみとめて置く。特待生とくたいせいだよ。
 A ゆるしてくれ。おれは何よりもその特待生がきらひなんだ。何日だつけ北海道ほくかいだうへ行く時青森からふねに乗つたら、船の事務長じむちやうが知つてるやつだつたものだから、三等の切符きつぷを持つてるおれを無理矢理むりやりに一等室に入れたんだ。しつだけならまだいが、食事の時間じかんになつたらボーイをこしてとうとう食堂まで引張ひつぱり出された。あんなに不愉快ふゆくわいな飯を食つたことはない。
 B それは三とうの切符をつてゐた所為せゐだ。一等の切符さへ有れああたり前ぢやないか。
 A 莫迦ばかを言へ。人間はみな赤切符あかきつぷだ。
 B 人間は皆赤切符! やつぱりはなせるな。おれが飯屋めしやへ飛び込んで空樽あきだる腰掛こしかけるのもそれだ。
 A 何だい、うまいものうまい物つてふから何を食ふのかとおもつたら、一ぜん飯屋めしやへ行くのか。
 B かみは精養軒の洋食からしもは一膳飯、牛飯、大道の焼鳥やきとりに至るさ。飯屋めしやにだつてうまい物はるぜ。先刻さつき来る時はとろろめしを食つてた。
 A あさには何を食ふ。
 B 近所きんじよにミルクホールが有るから其処そこへ行く。君の歌も其処そこで読んだんだ。何でも雑誌ざつしをとつてるうちだからね。(問)さうさう、君は何日いつか短歌がほろびるとおれにつたことがあるね。此頃その短歌滅亡論たんかめつばうろんといふ奴が流行つて来たぢやないか。
 A 流行はやるかね。おれのんだのは尾上柴舟おのへさいしうといふ人の書いたのだけだ。
 B さうさ。おれのんだのもそれだ。しかし一人が言ひ出す時分じぶんにや十人か五人はおなじ事をかんがへてるもんだよ。
 A あれは尾上といふひとの歌そのものがきづまつて来たといふ事実に立派りつぱ裏書うらがきをしたものだ。
 B なにを言ふ。そんなら君があの議論ぎろんとなへた時は、君の歌が行きづまつたときだつたのか。
 A さうさ。うたばかりぢやない、なにもかも行きづまつたときだつた。
 B しかしあれには色色理屈りくつが書てあつた。
 A 理屈はなんにでもくさ。ただ世の中のことは一つだつて理屈りくつによつて推移すゐいしてゐないだけだ。たとへば、近頃の歌は何首或は何十首を、一首一首引きいて見ないで全体として見るやうな傾向かたむきになつて来た。そんなら何故なぜそれらをはじめから一つとしてあらはさないか。一一分解ぶんかいして現す必要が何処にあるか、とあれにいてあつたね。一おうもつともに聞えるよ。しかしあの理屈りくつに服従すると、人間にんげんは皆死ぬ間際まで待たなければ何もけなくなるよ。歌はー文学は作家さくかの個人性の表現へうげんだといふことをせまく解釈してるんだからね。かりに今夜なら今夜こんやのおれのあたま調子てうしを歌ふにしてもだね。なるほどひとばんのことだから一つにまとめて現した方が都合は可いかも知れないが、一時間じかんは六十分で、一分は六十べうだよ。連続はしてゐるが初めから全体になつてゐるのではない。きれざれにあたまに浮んで来る感じをあとから後からときれぎれにうたつたつて何も差支さしつかへがないぢやないか。一つにまとめる必要が何処どこにあると言ひたくなるね。
 B きみはさうすつと歌は永久えいきうほろびないと云ふのか。
 A おれは永久といふ言葉ことばきらひだ。
 B 永久えいきうでなくてもい。兎に角まだまだ歌は長生ながいきすると思ふのか。
 A 長生ながいきはする。昔から人生五十といふが、それでも八十位まできる人は沢山たくさんある。それと同じ程度ていどの長生はする。しかしぬ。
 B 何日いつになつたら八十になるだらう。
 A 日本の国語こくごとう一される時さ。
 B もう大分とう一されかかつてゐるぜ。小説せうせつはみんな時代語になつた。小学校の教科書けうくわしよと詩も半分はなつて来た。新聞しんぶんにだつて三分の一は時代語じだいごで書いてある。せんしてローマ字を使つかふ人さへある。
 A それだけ混乱こんらんしてゐたら沢山たくさんぢやないか。
 B うむ。さうすつとまだまだか。
 A まだまだ。日本にほんは今三分の一までたところだよ。なにもかも三分の一だ。所謂いはゆる古い言葉と今の口語とくらべて見てもわかる。正確に違つてたのは、「なり」「なりけり」と「だ」「である」だけだ。それもまだまだ文章の上では併用へいやうされてゐる。音文字おんもじが採用されて、それであらはすに不便な言葉がみんな淘汰たうたされる時がなくちや歌はなない。
 B 気長きながい事を言ふなあ。君は元来性急せつかちな男だつたがなあ。
 A あまり性急せつかちだつたおかげで気長になつたのだ。
 B さとつたね。
 A 絶望ぜつばうしたのだ。
 B しかしかく今の我我の言葉ことばが五とか七とかいふ調子てうしを失つてるのは事実じじつぢやないか。
 A 「いかにさびしきなるぞや。」「なんてさびしいばんだらう。」どつちも七五調てうぢやないか。
 B それはきはめて稀なれいだ。
 A むかしの人は五七調や七五調でばかりものを言つてゐたと思ふのか。莫迦ばか
 B これでもかしこいぜ。
 A とはいふものの、五と七がだんだんみだれて来てるのは事実じじつだね。玉が六にび、七が八にびてゐる。そんならそれでうたにも字あまりを使つかへば済むことだ。自分じぶんが今迄勝手に古い言葉を使つかつて来てゐて、今になつて不便ふべんだもないぢやないか。るべく現代の言葉にちかい言葉を使つて、それで三十一まとまりかねたら字あまりにするさ。それで出来できなけれあ言葉や<