一握の砂

石川啄木


一   握   の   砂

石 川 啄 木 著






東 雲 堂 版




世の中には途法も無いじんもあるものぢや、歌集の序を書けとある、人もあらうに此の俺に新派の歌集の序を書けとぢや。ああでも無い、かうでも無い、とひねつた末が此んなことに立至るのぢやらう。此の途法も無い処が即ち新の新たる極意かも知れん。
定めしひねくれた歌を詠んであるぢやらうと思ひながら手当り次第に繰り展げた処が、

  高きより飛び下りるごとき心もて
  この一生を
  終るすべなきか

此ア面白い、ふン此の刹那の心を常住に持することが出来たら、至極ぢや。面白い処に気が着いたものぢや、面白く言ひまはしたものぢや。

  非凡なる人のごとくにふるまへる
  後のさびしさは
  何にかたぐへむ

いや斯ういふ事は俺等の半生にしこたま有つた。此のさびしさを一生覚えずに過す人が、所謂当節の成功家ぢや。

  何処やらに沢山の人が争ひて
  鬮引くごとし
  われも引きたし

何にしろ大混雑のおしあひへしあひで、鬮引の場に入るだけでも一難儀ぢやのに、やつとの思ひに引いたところで大概は空鬮からくじぢや。

  何がなしにさびしくなれば
  出てあるく男となりて
  三月にもなれり

  とある日に
  酒をのみたくてならぬごとく
  今日われ切に金を欲りせり

  怒る時
  かならずひとつ鉢を割り
  九百九十九割りて死なまし

  腕拱みて
  このごろ思ふ
  大いなる敵目の前に曜り出でよと

  目の前の菓子皿などを
  かりかりと噛みてみたくなりぬ
  もどかしきかな

  鏡とり
  能ふかぎりのさまざまの顔をしてみぬ
  泣き飽きし時

  こころよく
  我にはたらく仕事あれ
  それを仕達げて死なむと思ふ

  よごれたる足袋穿く時の
  気味わるき思ひに似たる
  思出もあり


さうぢや、そんなことがある、斯ういふ様な想ひは、俺にもある。二三十年もかけはなれた比の著者と比の読者との間にすら共通の感ぢやから、定めし総ての人にもあるのぢやらう。然る処俺等聞及んだ昔から今までの歌に、斯んな事をすなほに、ずばりと、大胆に率直に詠んだ歌といふものは一向に之れ無い。一寸開けて見てこれぢや、もつと面白い歌が比の集中に満ちて居るに違ひない。そもそも、歌は人の心を種として言葉の手品を使ふものとのみ合点して居た拙者は、斯ういふ種も仕掛も無い淮にも承知の出来る歌も亦当節新発明に為つて居たかと、くれぐれも感心仕る。新派といふものを途法もないものと感ちがひ致居りたる段、全く拙者のひねくれより起りたることと懺悔に及び候也。

      犬の年の大水後

藪 野 椋 十













函館なる郁雨宮崎大四郎君

同国の友文学士花明金田一京助君

この集を両君に捧ぐ。予はすでに予のすべてを両君の前に示しつくしたるものの如し。従つて両君はここに歌はれたる歌の一一につきて最も多く知るの人なるを信ずればなり。
また一本をとりて亡児真一に手向く。この集の稿本を書肆の手に渡したるは汝の生れたる朝なりき。この集の稿料は汝の薬餌となりたり。而してこの集の見本刷を予の閲したるは汝の火葬の夜なりき。

著     者










明治四十一年夏以後の作一千余首中よ
り五百五十一首を抜きてこの集に収
む。集中五章、感興の来由するところ
相邇きをたづねて仮にわかてるのみ。
「秋風のこころよさに」は明治四十一
年秋の紀念なり。















我を愛する歌 ……………………    一

………………………………    七九

秋風のこころよさに……………… 一三三

忘れがたき人……………………  一六一

手套を脱ぐとき…………………… 二三一









 
 

我を愛する歌







1

東海とうかい小島こじまいそ白砂しらすな
われきぬれて
かにとたはむる




2

につたふ
なみだのごはず
一握いちあくすなしめししひとわすれず




3

大海だいかいにむかひて一人ひとり
七八日ななやうか
きなむとすといへでにき




4

いたくびしピストル出でぬ
砂山すなやま
すなゆびもてりてありしに




5

ひとさにあらしきたりてきづきたる
この砂山すなやま
なにはかぞも




6

砂山すなやますな腹這はらば
初恋はつこひ
いたみをとほくおもひづる




7

砂山すなやますそによこたはる流木りうぼく
あたりまはし
ものひてみる




8

いのちなきすなのかなしさよ
さらさらと
にぎればゆびのあひだより落つ




9

しつとりと
なみだをへるすなたま
なみだはおもきものにしあるかな




10

だいというひやくあまり
すな
ぬことをやめてかへきたれり




11

さましてなほでぬくせ
かなしきくせ
ははとがむな




12

ひとくれつちよだれ
はは肖顔にがほつくりぬ
かなしくもあるか




13

燈影ほかげなきしつわれあり
ちちはは
かべのなかよりつゑつきて




14

たはむれにはは背負せおひて
そのあまりかろきにきて
三歩さんぽあゆまず




15

飄然へうぜんいへでては
飄然へうぜんかへりしくせ
ともはわらへど




16

ふるさとのちちせきするたび
せきづるや
めばはかなし




17

わがくを少女等をとめらきかば
病犬やまいぬ
つきゆるにたりといふらむ




18

何処いづくやらむかすかにむしのなくごとき
こころぼそさを
今日けふもおぼゆる




19

いとくら
あなこころはれゆくごとくおもひて
つかれてねむ




20

こころよく
われにはたらく仕事しごとあれ
それを仕遂しとげてなむとおも




21

こみへる電車でんしやすみ
ちぢこまる
ゆふべゆふべのわれのいとしさ




22

浅草あさくさのにぎはひに
まぎれ
まぎれしさびしきこころ




23

愛犬あいけんみみりてみぬ
あはれこれも
ものみたるこころにかあらむ




24

かがみとり
あたふかぎりのさまざまのかほをしてみぬ
きしとき




25

なみだなみだ
不思議ふしぎなるかな
それをもてあらへばこころおどけたくなれり




26

あきれたるはは言葉ことば
がつけば
茶碗ちやわんはしもてたたきてありき




27

くさ
おもふことなし
わがぬかふんしてとりそらあそべり




28

わがひげ
下向したむくせがいきどほろし
このごろにくをとこたれば




29

もりおくより銃声じうせいきこ
あはれあはれ
みづかぬるおとのよろしさ




30

大木たいぼくみきみみあて
小半日こはんにち
かたかわをばむしりてありき




31

「さばかりのことぬるや」
「さばかりのことくるや」
問答もんだふ




32

まれにある
このたひらなるこころには
時計とけいるもおもしろく




33

ふとふかおそれをおぼ
ぢつとして
やがてしづかにほそをまさぐる




34

高山たかやまのいただきにのぼ
なにがなしに帽子ばうしをふりて
くだしかな




35

何処どこやらに沢山たくさんひとがあらそひて
くじくごとし
われもきたし




36

いかとき
かならずひとつはち
九百九十九くひやくくじふくりてなまし




37

いつも電車でんしやなか小男こをとこ
かどあるまなこ
このごろになる




38

鏡屋かがみやまへ
ふとおどろきぬ
すぼらしげにあゆむものかも




39

なにとなく汽車きしやりたくおもひしのみ
汽車きしやりしに
ゆくところなし




40

空家あきや
煙草たばこのみたることありき
あはれただ一人ひとりたきばかりに




41

なにがなしに
さびしくなればてあるくをとことなりて
三月みつきにもなれり




42

やはらかにつもれるゆき
てるうづむるごとき
こひしてみたし




43

かなしきは
くなき利己りこ一念いちねん
てあましたるをとこにありけり




44

あし
へやいつぱいにして
やがてしずかにきかへるかな




45

百年ももとせながねむりのめしごと
呿呻あくびしてまし
おもふことなしに




46

うでみて
このごろおも
おほいなるてきまえをどでよと




47

しろ
だいなりき
非凡ひぼんなるひとといはるるをとこひしに




48

こころよく
ひとめてみたくなりにけり
利己りここころめるさびしさ




49

あめれば
わがいへひとたれたれしづめるかほ
あめれよかし




50

たかきよりびおりるごときこころもて
この一生いつしやう
おわるすべなきか




51

この日頃ひごろ
ひそかにむねにやどりたるくいあり
われをわらはしめざり




52

へつらひをけば
腹立はらだつわがこころ
あまりにわれるがかなしき




53

らぬいへたたきおこして
るがおもしろかりし
むかしこひしさ




54

非凡ひぼんなるひとのごとくにふるまへる
のちのさびしさは
なににかたぐへむ




55

おほいなるかれ身体からだ
にくかりき
そのまへにゆきてものとき




56

実務じつむむにはやくたざるうたびと
われひと
かねりにけり




57

とほくよりふえきこゆ
うなだれてあるゆゑやらむ
なみだながるる




58

それもよしこれもよしとてあるひと
そのがるさを
しくなりたり




59

ぬことを
持薬ぢやくをのむがごとくにもわれはおもへり
こころいためば




60

路傍みちばたいぬながながと呿呻あくびしぬ
われも真似まねしぬ
うらやましさに




61

真剣しんけんになりてたけもていぬ
小児せうにかほ
よしとおもへり




62

ダイナモの
おもうなりのここちよさよ
あはれこのごとくものはまし




63

剽軽へうきんさがなりしとも死顔しにがほ
あおつかれが
いまもにあり




64

かはひとつかへて
つくづくと
わががいやになりにけるかな




65

りようのごとくむなしきそらをどでて
えゆくけむり
ればかなく




66

こころよきつかれなるかな
いきもつかず
仕事しごとをしたるのちのこのつか




67

空寝入そらねいり生呿呻なまあくびなど
なぜするや
おもふことひとにさとらせぬため




68

はしめてふつとおもひぬ
やうやくに
のならはしにれにけるかな




69

あさはやく
婚期こんきぎしいもうと
恋文こひぶみめけるふみめりけり




70

しつとりと
みずひたる海綿かいめん
おもさにたる心地ここちおぼゆる




71

ねとおのれいか
もだしたる
こころそこくらきむなしさ




72

けものめくかほありくちをあけたてす
とのみてゐぬ
ひとかたるを




73

おや
はなればなれのこころもてしずかにむか
まづきや




74

かのふね
かの航海かうかい船客せんかく一人ひとりにてありき
にかねたるは




75

まえ菓子皿くわしざらなどを
かりかりとみてみたくなりぬ
もどかしきかな




76

よくわらわかをとこ
にたらば
すこしはこのさびしくもなれ




77

なにがなしに
いききれるまでしてみたくなりたり
草原くさはらなどを




78

あたらしき背広せびろなど
たびをせむ
しかく今年ことしおもぎたる




79

ことさらに燈火ともしびして
まぢまぢとおもひてゐしは
わけもなきこと




80

浅草あさくさ凌雲閣りよううんかくのいただきに
腕組うでくみし
なが日記にきかな




81

尋常じんじやうのおどけならむや
ナイフぬまねをする
そのかほそのかほ




82

こそこそのはなしがやがてたかくなり
ピストルりて
人生じんせいをは




83

ときありて
子供こどものやうにたはむれす
こひあるひとのなさぬわざかな




84

とかくしていへづれば
日光につくわうのあたたかさあり
いきふかく




85

つかれたるうしのよだれは
たらたらと
千万せんまんねんきざるごとし




86

路傍みちばた切石きりいしうへ
うでみて
そら見上みあぐるをとこありたり




87

なにやらむ
おだやかならぬ目付めつきして
鶴嘴つるはしむれてゐる




88

こころより今日けふれり
やまひあるけもののごとき
不平ふへいれり




89

おほどかのこころきたれり
あるくにも
はらちからのたまるがごとし




90

ただひとりかまほしさに
たる
宿屋やどや夜具やぐのこころよさかな




91

ともよさは
乞食こじきいやしさいとふなかれ
ゑたるときわれしかりき




92

あたらしきインクのにほひ
せんけば
ゑたるはらむがかなしも




93

かなしきは
のどのかわきをこらへつつ
夜寒よざむ夜具やぐにちぢこまるとき




94

一度いちどでもわれあたまげさせし
ひとみなねと
いのりてしこと




95

われとも二人ふたり
一人ひとり
一人ひとりらうでていま




96

あまりあるさいいだきて
つまのため
おもひわづらふともをかなしむ




97

打明うちあけてかたりて
なにそんをせしごとくおもひて
ともとわかれぬ




98

どんよりと
くもれるそらてゐしに
ひところしたくなりにけるかな




99

人並ひとなみさいぎざる
わがとも
ふか不平ふへいもあはれなるかな




100

たれてもとりどころなきをとこ
威張ゐばりてかへりぬ
かなしくもあるか




101

はたらけど
はたらけどなほわが生活くらしらくにならざり
ぢつと




102

なにもかも行末ゆくすゑことみゆるごとき
このかなしみは
ぬぐひあへずも




103

とある
さけをのみたくてならぬごとく
今日けふわれせちかねりせり




104

水晶すゐしやうたまをよろこびもてあそぶ
わがこのこころ
なにこころ




105

こともなく
つこころよくえてゆく
わがこのごろのものらぬかな




106

おおいなる水晶すゐしやうたま
ひとつ
それにむかひてものおもはむ




107

うぬるるとも
合槌あひづちうちてゐぬ
施与ほどこしをするごときこころ




108

あるあさのかなしきゆめのさめぎはに
はな
味噌みそ




109

こつこつと空地あきちいしをきざむおと
みみにつき
いへるまで




110

なにがなしに
あたまのなかにがけありて
日毎ひごとつちのくづるるごとし




111

遠方ゑんぱう電話でんわりんるごとく
今日けふみみ
かなしきかな




112

あかじみしあはせえり
かなしくも
ふるさとの胡桃くるみくるにほひす




113

にたくてならぬときあり
はばかりに人目ひとめけて
こはかほする




114

いつたいへい見送みおくりて
かなしかり
なに彼等かれらのうれひげなる




115

邦人くにびとかほたへがたくいやしげに
にうつるなり
いへにこもらむ




116

このつぎ休日やすみ一日いちにちてみむと
おもひすごしぬ
三年みとせこのかた




117

ときのわれのこころを
きたての
麺麭ぱんたりとおもひけるかな




118

たんたらたらたんたらたらと
雨滴あまだれ
いたむあたまにひびくかなしさ




119

あるのこと
へや障子しやうじをはりかへぬ
そのはそれにてこころなごみき




120

かうしてはられずとおも
ちにしが
戸外おもてうまいななきしまで




121

ぬけして廊下らうかちぬ
あららかにドアせしに
すぐきしかば




122

ぢつとして
くろはたあかのインク
かたくかわける海綿かいめん




123

たれても
われをなつかしくなるごとき
なが手紙てがみきたきゆふべ




124

うすみどり
めば身体からだみづのごときとほるてふ
くすりはなきか




125

いつもにらむラムプにきて
三日みかばかり
蝋燭らふそくにしたしめるかな




126

人間にんげんのつかはぬ言葉ことば
ひよつとして
われのみれるごとくおも




127

あたらしきこころもとめて
らぬ
まちなど今日けふもさまよひて




128

ともがみなわれよりえらくゆる
はな
つまとしたしむ




129

なにすれば
此処ここわれありや
ときにかく打驚うちおどろきてへやながむる




130

ひとありて電車でんしやのなかにつば
それにも
こころいたまむとしき




131

夜明よあけまであそびてくらす場所ばしよ
いへをおもへば
こころつめたし




132

ひとみながいへつてふかなしみよ
はかるごとく
かへりてねむ




133

なにかひとつ不思議ふしぎしめ
ひとみなのおどろくひまに
えむとおも




134

ひとといふひとのこころに
一人ひとりづつ囚人しうじんがゐて
うめくかなしさ




135

しかられて
わつと子供心こどもごころ
そのこころにもなりてみたきかな




136

ぬすむてふことさへしとおもひえぬ
こころはかなし
かくれもなし




137

はなたれしをんなのごときかなしみを
よわきをとこ
かんずるなり




138

庭石にはいし
はたと時計とけいをなげうてる
むかしのわれのいかりいとしも




139

かほあかめいかりしことが
あくる
さほどにもなきをさびしがるかな




140

いらだてるこころなれはかなしかり
いざいざ
すこし呿呻あくびなどせむ




141

をんなあり
わがいひつけにそむかじとこころくだ
ればかなしも




142

ふがひなき
わがもと女等をんなら
秋雨あきさめにののしりしかな




143

をとことうまれをとこまじ
けてをり
かるがゆゑにやあき




144

わがいだ思想しさうはすべて
かねなきにいんするごとし
あきかぜ




145

くだらない小説せうせつきてよろこべる
をとこあはれなり
初秋はつあきかぜ




146

あきかぜ
今日けふよりはのふやけたるをとこ
くちかじとおも




147

はてもえぬ
真直ますぐまちをあゆむごとき
こころを今日けふちえたるかな




148

何事なにごとおもふことなく
いそがしく
らせし一日ひとひわすれじとおも




149

何事なにごと金金かねかねとわらひ
すこし
またもにはかに不平ふへいつのり




150

われ
ピストルにてもてよかし
伊藤いとうのごとくにてせなむ




151

やとばかり
かつら首相しゆしやうとられしゆめみてめぬ
あき二時にじ






 


   




    

152

やまひのごと
思郷しきやうのこころなり
にあをぞらのけむりかなしも




153

おのをほのかにびて
なみだせし
十四じふしはるにかへるすべなし




154

青空あをぞらえゆくけむり
さびしくもえゆくけむり
われにしるか




155

かのたび汽車きしや車掌しやしやう
ゆくりなくも
中学ちゆうがくともなりしかな




156

ほとばしる喞筒ポンプみづ
心地ここちよさよ
しばしはわかきこころもて




157

ともらでめにき
なぞ
わが学業がくぎやうのおこたりのもと




158

教室けうしつまどよりげて
ただ一人ひとり
かの城址しろあときしかな




159

不来方こずかたのおしろくさころびて
そらはれし
十五じふごこころ




160

かなしみといはばいふべき
ものあぢ
われめしはあまりにはやかり




161

れしそらあふげばいつも
口笛くちぶえきたくなりて
きてあそびき




162

よるても口笛くちぶえきぬ
口笛くちぶえ
じふわれうたにしありけり




163

よくしかありき
ひげたるより山羊やぎづけて
口真似くちまねもしき




164

われととも
小鳥ことりいしげてあそ
後備大尉こうびたいゐもありしかな




165

城址しろあと
いし腰掛こしか
禁制きんせいをひとりあぢはひしこと




166

そののちわれてしとも
あのころとも書読ふみよ
ともにあそびき




167

学校がくかう図書庫としよぐらうらあきくさ
なるはなきし
いまらず




168

はなれば
ひとさきにしろふくいへづる
われにてありしか




169

いまあね恋人こひびとのおとうとと
なかよくせしを
かなしとおも




170

夏休なつやすててそのまま
かへり
わか英語えいご教師けうしもありき




171

ストライキおもでても
いまをどらず
ひそかにさび




172

盛岡もりをか中学校ちゆうがくかう
露台バルコン
欄干てすり最一度もいちどわれらしめ




173

かみりととも
きふせし
かの路傍みちばたくりもと




174

西風にしかぜ
内丸大路うちまるおほぢさくら
かさこそるをみてあそびき




175

そのかみの愛読あいどくしよ
大方おほかた
いま流行はやらずなりにけるかな




176

いしひとつ
さかをくだるがごとくにも
われけふのいたきたる




177

うれひある少年せうねんうらやみき
小鳥ことりぶを
びてうたふを




178

解剖ふわけせし
蚯蚓みみずのいのちもかなしかり
かの校庭かうてい木柵もくさくもと




179

かぎりなき知識ちしきよくゆる
あねいたみき
ひとふるかと




180

蘇峯そほうしよわれすすめしともはや
かう退しりぞきぬ
まづしさのため




181

おどけたるつきをかしと
われのみはいつもわらひき
博学はくがく




182

さいをあやまちしひとのこと
かたりきかせし
もありしかな




183

そのかみの学校がくかういちのなまけもの
いま真面目まじめ
はたらきて




184

田舎ゐなかめくたび姿すがた
三日みかばかりみやこさら
かへるともかな




185

茨島ばらじままつ並木なみき街道かいだう
われときし少女をとめ
さいをたのみき




186

みてくろ眼鏡めがねをかけしころ
そのころ
一人ひとりくをおぼえし




187

わがこころ
けふもひそかにかむとす
ともみなおのみちをあゆめり




188

さきんじてこひのあまさと
かなしさをりしわれなり
さきんじて




189

きようきたれば
ともなみだりて
酔漢ゑひどれのごとくなりてかたりき




190

ひとごみのなかをわけ
わがとも
むかしながらのふとつゑかな




191

よげなる年賀ねんがふみひと
おもひぎにき
三年みとせばかりは




192

ゆめさめてふつとかなしむ
わがねむ
むかしのごとくやすからぬかな




193

そのむかし秀才しうさいたかかりし
ともらうにあり
あきのかぜ




194

近眼ちかめにて
おどけしうたをよみでし
茂雄しげをこひもかなしかりしか




195

わがつまのむかしのねが
音楽おんがくのことにかかりき
いまはうたはず




196

ともはみな或日あるひ四方しはうきぬ
そののち八年やとせ
げしもなし




197

わがこひ
はじめてともにうちけしよるのことなど
おもづる




198

いとれし紙鳶たこのごとくに
わかこころかろくも
とびさりしかな



   二


199

ふるさとのなまりなつかし
停車場ていしやばひとごみのなか
そをきにゆく




200

やまひあるけもののごとき
わがこころ
ふるさとのことけばおとなし




201

ふとおも
ふるさとにゐて日毎ひごときしすずめくを
三年みとせかざり




202

くなれるがそのむかし
たまひたる
地理ちりほんなどりいでて




203

そのむかし
小学校せうがくかう柾屋根まさやねげしまり
いかにかなりけむ




204

ふるさとの
かの路傍みちばたのすていし
今年ことしくさうづもれしらむ




205

わかれをればいもといとしも
あか
下駄げたなどしとわめくなりし




206

二日ふつかまえやましが
今朝けさになりて
にはかにこひしふるさとのやま




207

飴売あめうりのチャルメラ聴けば
うしなひし
をさなきこころひろへるごとし




208

このごろは
はは時時ときどきふるさとのことを
あきれるなり




209

それとなく
郷里くにのことなどかたでて
あきもちのにほひかな




210

かにかくに渋民村しぶたみむらこひしかり
おもひでのやま
おもひでのかは




211

はたりてさけのみ
ほろびゆくふるさとびと
こころする




212

あはれかのわれをしへし
子等こらもまた
やがてふるさとをててづるらむ




213

ふるさとを子等こら
相会あひあひて
よろこぶにまさるかなしみはなし




214

いしをもてはるるごとく
ふるさとをでしかなしみ
ゆるときなし




215

やはらかにやなぎあをめる
北上きたかみ岸辺きしべ
けとごとくに




216

ふるさとの
村医そんいつまのつつましき櫛巻くしまきなども
なつかしきかな




217

かのむら登記所とうきしよ
はいみて
もなくにしをとこもありき




218

小学せうがく首席しゆせきわれあらそひし
とものいとなむ
木賃宿きちんやどかな




219

千代治等ちよぢらちやうじてこひ
げぬ
わがたびにしてなせしごとくに




220

あるとしぼんまつり
きぬさむおどれとひし
をんなおも




221

うすのろのあに
不具かたはちちもてる三太さんたはかなし
よるふみ




222

われとも
栗毛くりげ仔馬こうまこうまはしらせし
はは盗癖ぬすみぐせかな




223

大形おほがた被布ひふ模様もやうあかはな
いま
六歳むつこひ




224

そのさへわすられしころ
飄然へうぜんとふるさとに
せきせしをとこ




225

意地悪いぢわる大工だいくなどもかなしかり
いくさでしが
きてかへらず




226

はい
極道地主ごくだうぢぬし総領そうりやう
よめとりのはるらいかな




227

宗次郎そうじろ
おかねがきて口説くど
大根だいこんはなしろきゆふぐれ




228

小心せうしん役場やくば書記しよき
れしうはさてる
ふるさとのあき




229

わが従兄いとこ
野山のやまかりきしのち
さけのみいへみてにしかな




230

われゆきてをとれば
きてしづまりき
ひてあばれしそのかみのとも




231

さけのめば
かたなをぬきてつま教師けうしもありき
むらはれき




232

としごとに肺病はいびやうやみのえてゆく
むらむかへし
わか医者いしやかな




233

ほたるがり
かはにゆかむといふわれ
山路やまぢにさそふひとにてありき




234

馬鈴薯ばれいしよのうすむらさきはな
あめおもへり
みやこあめ




235

あはれがノスタルジヤは
きんのごと
こころれりきよくしみらに




236

ともとしてあそぶものなき
性悪しやうわる巡査じゆんさ子等こら
あはれなりけり




237

閑古鳥かんこどり
となればおこるてふ
とものやまひのいかになりけむ




238

わがおもふこと
おほかたはただしかり
ふるさとのたよりけるあした




239

今日けふけば
かのさちうすきやもめびと
きたなきこひるるてふ




240

わがために
なやめるたまをしづめよと
讃美歌さんびかうたふひとありしかな




241